通信制高校はなぜ生まれたの?

はじめに
- 「通信制高校はなぜ生まれたのか?」
そんな疑問を最近改めて持ってしまいました。
「わざわざ通信制高校のスシテムを作る必要があったのか?」とも。
いわゆる近代教育が始まったのは、1872年の学制施行だと言われています(文部科学省HP)。
ただ、元を辿ると全日制の教育は寺子屋を皮切りに始まり、そのノウハウが近代教育に強い影響を与えたというふうに言われています。
通信制高校システムもその影響を確実に受けているはずですが、
通信制高校が
- 日本ではいつ?
- どんな理由で始まったのか?
をまだ調べていません。
そこで、今回は日本では通信制高校が「いつできたのか?」「どんな理由で始まったのか?」
について書いていこうと思います!
それではいきましょ!
*以下の内容は、書籍「通信制高校のすべて いつでも、どこでも、だれでも の教育」
を引用元としています。
通信制高校はいつ始まったの?
通信制高校は「教育の機会均等」という考え方を実現するための教育機関として発足しました。しかし、その始まりは通信教育という形で、通信制高校にはなっておらず、それゆえに高校の卒業資格も得ることはできなかった。それでも通信教育に対しては大きな期待がかけられていました。
1948年2月に出された「中等学校通信教育指導要領(試案)」では、教育の機会均等に向けて国が通信教育を推し進めていました。しかし、その一方で、同年10月27日付朝日新聞に「通信教育”開店休業”」というタイトルの記事が掲載されています。通信教育が始まった当初は順調にいっていたわけではない事がわかります。
ちなみに、1948年時点では、通信教育では高等学校卒業資格は取得できなかったようです。
そのような状況を打破するために、多くの人が心血を注いで、何とか卒業資格を取る事ができるように奔走したそうです。
そして、1955年になって初めて、通信制高校だけで高校卒業資格が取れるようになったようです。
通信制高校が始まった理由は?
通信教育が始まる前の1945年以降つまり戦後の時代に、多くの若者が家計を支えるために働かなくてはいけない状況でした。ただ、そのような状況の中でも文部省調査によると、受講生は全国に1万4千人いたそうです。農家や商工業の子弟で、家事を手伝いながら学力を身に付けたいと熱望している若い人が多かったそうです。
当時の若者たちは、学ぶことの重要性を理解し、働きながらでも何とかして学ぼうとしていた事がわかります。
また、文部科学省は以下のように通信教育の意義を打ち出しています。
1986年の文部科学省社会教育局調査資料「通信教育に関する参考資料その一−本邦における沿革及び現状−」では、通信教育の特徴として次の7項目をあげています。この7項目は、通信教育の原点でもあり、現在にも通じるものです。
- 場所の制限を受けないからどんな山間僻地までも普及できる。
- 時間の制限を受けないから何時何所ででも学習する事が出来る。
- 設備が安いから富裕でない者でも教育を受ける事が出来る。
- 設備が要らないから人数に制限なく教育を受ける事が出来る。
- 学校教育を終えた成人や家庭にある婦人が手軽に教育を受ける事が出来る。
- 学校教育を受けつつある者もその学習を補い、或いはその他の技能を学び得る。
- 自学・自習の良習慣を涵養し、系統だった読書による知識の統一を促す。
上の7項目からわかることを簡単にまとめると
「いつでも・どこでも・だれでも」学べる教育システムが通信教育であるということだと思います。通信教育は学びたい人全てに教育を届けるためにできた事がわかります。
おわりに
通信制高校が
- 日本ではいつ?
- どんな理由で始まったのか?
について書きました。
その答えは
- 1948年(学べる制度ができた!)⇨1955年(高校卒業資格を取得できるようになった!!)
- 学びたい人全てに教育を届けるため(「いつでも・どこでも・だれでも」の理念)
でした。
戦後、全日制の高等学校数が少なかったり、自身が立派な働き手であったりしたりする理由で学ぶ事が難しい状況の人々が沢山いました。
そのような状況の中で、遠くにいても、働いていても、若くなくても学べるばが通信制高校という場所でした。それは、リアルないわゆる全日制高校ではなかった(今の通信制高校と概念は本当に一緒ですよね!)状況で、多くの人が学ぼうとしていたようです。
基本的には、働きながら学ぶことを多くの通信制の生徒が行っていました。
現在、大学受験のための学びをするために高校に行っている人が大半だと感じます。通信制高校の可能性が現代これだけ注目されている今だからこそ、通信制教育ができた理由である「学びたい人全てに教育を届ける」意味を見直しても良いのではないかな〜と思います。
それはつまり、「何のための学んでいるのか?」
を改めて考えても良いですね。
ちなみに私は楽しく生きるために学び続けたいと思います。
偉くなるためでもお金を蓄えるためでもないのが味噌です。
それではまたお会いしましょ!