教育×SDGs×ブータン×JICA×国連

プロフィール

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@yasunorimoori

1987年生まれ

現在、小学校の教員です。大学を卒業してから、幼稚園・中学校・小学校・大学教員を経験。ブータン王国に約2年間住んでいました。

【当面の目標は、教育分野でできることを考え続け、行動していくこと

 

10年前の自分に「30歳の時にブータンにいるよ。」と言っても信じないだろうな。それくらい、この10年は私にとって興味深い10年だったと思っています。人生何があるかわかりませんね。

 

昔から私を知っている人も、最近知り合った人も、私のことを「変わり者」と言います。「また変なことしてる~。」そんなことばかり言われて今日まできました。ただ、変なことをしながらも、自分なりの道を考え進んできたらから今があるという感じです。毎日楽しく生きています。

 

このブログは、私の夢の跡を残す場所。私の夢に繋がる記録であり、夢と歩くための場所です。

それと同時に、「自称・変わり者」「夢と歩こうとしている、してる人」「まだ夢がない人」「自分の夢に自信がない人」…そういう方たちの心に、何か引っかかるようなブログにしていきたいと思っています。

 

略歴

・京都市の小学校教員

・教員養成NGO「近未来の教育を創る会」 代表

・国際理解教育NGO「学校から世界のミカタを考える会」 メンバー

 

大学卒業後、国立附属幼稚園に勤務。その後、大学院に進学し、同大学院修了後、小学校で3年間勤務。将来、世界で戦える教員になるために、JICAのボランティア事業(青年海外協力隊)に参加。ブータン王国のパロ市、パロ教育大学にて小学校教員養成に携わる。また、ブータン王国の保健体育教育学習指導要領改訂に従事。帰国後は、京都市の小学校教員に復職。教員在職中に、より良い教員養成のためのNGO「近未来の教育を創る会」を立ち上げ、【ワクワクする教育界を創る】をスローガンに、教員を目指す学生や現職教員と共に、近未来の教育を創る活動をしている。趣味は恋愛小説読書。

 

ヴィジョン(目指す社会像)

一人ひとりが夢を持ち、実現のために行動している社会

そして、それを応援できる社会をつくる

 

ミッション(そのために行動すること)

自分自身が常に夢を持ち、その実現のために努力し続ける

身近な人に夢を持つ素晴らしさを伝え、夢を実現するための行動を後押しする

※35歳まで国連を目指して努力する

 

バリュー(大切にしたい価値観)

・家族が一番

・足るを知る

・人を先入観で判断せず、敬意を持って接する

・人の夢を自分の夢のようにワクワクしながら聞く

・できる努力は怠らない

 

何かしらの履歴

2010年 準硬式野球9ブロック選手権大会 北信越ブロック代表 4番DH

2013年 東ティモールの教育制度の発展調査 科研費調査

2014年 JASSO奨学金 特に優れた業績による返還免除(全額)

2014年 論文「Differences in Muscle Power Between the Dominant and Nondominant Upper Limbs of Baseball Players」 J Strength Cond Res. 2014 Jan;28(1):82-6. doi: 10.1519/JSC.0b013e3182909112.

2017年 雑誌 <今月のとっておき>マット運動:高学年/みんなで協力!団体マット!!、楽しい体育の授業 2017年5月号

2018年 論文「Status of HPE in Bhutan and Proposals for Improving Quality of Health Physical Education lesson」 30th Anniversary of JOCV for Bhutan: Japanese Experience in Physical Education for the Prospective PE Teachers in Bhutan

2018年 論文「ブータン王国における小学校教員養成課程の現状と課題 : パロ教育大学に焦点を当てて」 京都教育大学大学院連合教職実践研究科年報2018

2018年 スポーツ庁・外務省協働企画Japan Sport Council実施(2018年6月)Sport For Tomorrowプログラム コーディネーター

2019年 論文 「Analysis of HPE JOCV activity continuation factors in Bhutan」RABSEL the CERD Educational Journal 2019

2019年 論文 「Awareness survey on healthy life and HPE of college students」RABSEL the CERD Educational Journal 2019

 

講演歴

2016年 5月    講演 KOCA講演会 「地球の裏から探る広い世界 ~2015 年度教師海外研修に参加して~」

2018年 12月  講演 30th Anniversary of JOCV Program for Bhutan 「ブータン王国の教育制度の現状と課題」

2018年 12月  講演 ブータン王国保健体育教育シンポジウム 「青年海外協力隊保健体育隊員は、なぜ1年以上活動を続けることができているのか? ―質的研究法M-GTAを通して―」

2018年 12月  講演 日本の文化である運動会を発展途上国で行うことの意義を考えるシンポジウム 「ブータン王国および日本の運動会の比較とこれからの課題」

2018年 3月    講演 第84回ブータン勉強会 「ブータン王国の教員養成制度について」

2019年 1月    講演 第99回ブータン勉強会 「ブータン王国パロ教育大学での運動会実施について ―ブータンのこれまでの運動会の歴史を振り返りながら―」

 

ここからは、ヤスノリモリについてもう少し細かく紹介していきます。

 

小学校時代 - ひたすら遊んだこと・野球・人助け

遊ぶ環境には全く不自由しませんでした。

家の周りは360度田んぼ。トンビの住んでいる空き地。自転車30分で海、1時間で山。

まさに遊びの宝庫で小学校時代を過ごしました。子どものころは気が付きませんでしたが、金沢で四季の移ろいの美しさ学びました。

特にお風呂場から見える、秋の風にたなびく稲穂を見るのが毎年楽しみでした。

 

 

また、ファミコン・スーパーファミコン・ゲームボーイ・プレーステーション・ニンテンドー64といったゲームに熱中しました。

日があるうちは外で遊び、日が沈めばゲームを行う。遊びゲームに時間を割くために、宿題は学校の休み時間に終わらせ、夜ご飯は5分で食べるというハイパー効率的小学生だったのではないかと思うます。

 

小学4年生から始めた野球。幼馴染に誘われてクラブに入りました。良かったことは前よりスリムになったこと(1年生の時は体脂肪率が35%だったとか…)。良くなかったことは、ボールの投げすぎで右ひじの骨が欠けたことです。幸い、半年くらいでもとに戻りました。ただ、なぜこんな理不尽な事態に陥ってしまったのか考えました。「理不尽なこと」についてよく考えるようになりました。大きな心境の変化でした。

 

小学生のころ、困っている人によく出会いました。重い荷物を持つおばあちゃん(マンガか!笑)、車に轢かれたおばあちゃん、溝に落ちた小さい子ども、雪で動けなくなった車を運転するおっちゃん。母からの教えにより、困っている人がいたらすぐに駆け付けて力になりました。私の中では、「助けること」が当たり前なことになった小学生時代でした。

 

中学時代 - 「まあ、いっか。」

超効率小学生時代を過ごしていたヤスノリモリですが、中学校では、「まあ、いっか。」が口癖となり、無気力状態に突入します。時には頑張ることもあったのでしょうが、中学時代を振り返ると、思い出にはモヤがかかっており、うまく思い出すことができません。そのせいもあり、ほどほど野球を行い、ほどほど勉強を行った結果、ほどほどの偏差値の高校に進学しました。

 

高校時代 - メンタルトレーニングとの出会い

無気力ヤスノリモリを救ったのがメンタルトレーニングでした。2000年前半から部活動を強化するためのメンタルトレーニングが本格的に普及し、その恩恵を私の所属する野球部も受けることができました。当時では画期的であった、「生活面」「勉強面」「トレーニング面」の目標を毎日決め、それを達成する。日頃の積み重ねが自信になり、結果を生むというものでした。そのトレーニングを受けた結果、「正しい方向に努力を行えば、大体のことはできる」ということに気が付きました。30歳になった今でも、この考え方はほぼ同じです。また、良い指導者によって考え方が変わることを実感した私は、児童生徒にとって身近な指導者である教員になろうという決意をこの時代に固めました。

 

浪人時代

そんなかっこいいことを言いながらも浪人しました。さらには、同じ大学に3度も縁がありませんでした(前期・後期・前期無念)。ここで役立ったのはやはりメンタルトレーニング。以前よりも強くなった心で、浪人時代を乗り越えました。今考えれば同じ大学にこだわり過ぎだと昔の私に言ってあげたいのです。ただ、毎日よく歯を食いしばって勉強をやったと褒めてあげたい。

 

大学時代

教育学部に入学。良い先輩・後輩・友人に恵まれました。ただ、大学時代思い知ったのが、周りの人たちの優秀さです。記憶力・独創性・行動力。全てにおいて私が勝てるものを見つけるのが難しかった。当時の私はそう思っていました。生き方を変えるきっかけとなった<風に舞い上がるビニールシート>を読んだ時も、「憧れるけど、俺はこんな素晴らしい仕事に就ける優秀さは持ち合わせていない。」と自分の限界を決めてしまっていました。厳しい研究室で生活をしていたおかげで、様々なスキルを身に着けることはできましたが、「どんな生き方をすればいいのか…」という疑問が湧き上がった時代でした。

 

幼稚園教諭時代

「このまま教員になるのもいかがなものか…」という考えのもと受けた教員採用試験はパスするはずもありませんでした。とりあえず講師になる話が舞い込んでくるのを大学卒業の3月にまっていました。その時、幼稚園免許を取るときにお世話になった幼稚園から電話がかかってきて、「幼稚園の先生にならないかしら?」という連絡がありました。小中高のどれかの講師になるだろうと思っていた私としては、寝耳に水。ただ、おもしろそうなので、1年だけ幼稚園で働くことを決めました。

本当にいい経験だった。親になるにしても、小学校教員になるにしても、幼稚園教諭の経験は間違いなく良い方向に働くものでした。もう一度幼稚園で働きたいと思っています。

 

大学院時代

実は幼稚園教員時代に教員採用試験に合格していました。ただ、「このまま教員になるのもいかがなものか…」という思いが継続しており、教職大学院に進学することを決めました。この時代は教育についてとても勉強しました。教育について本格的に勉強するうちに、「私は教育が好きなんだな。」と強く思うようになりました。ちなみに、小学校と中学校の非常勤講師をしていました。

また、この時代、25歳くらいから本格的に英語の勉強をするようになりました。かなり遅めのスタートだと思います。なぜ本格的に英語を勉強したのか。それは、大学院の恩師が、「いつからでも国際分野で働ける。」と言ってくれたからでした。実際に、東ティモールにも同行させていただきました。感謝してもしきれないくらいの方にお会いすることができた時代です。

蛇足になりますが、大学院時代はお金にこまっていました。そのため、税金・年金・奨学金といったお金関係の勉強にもいそしみました。このこともそのうちブログで書ければなと思っています。

 

 

小学校教諭時代

やっと、正式採用の教員になりました。

採用1年目。かなり理不尽な生活を強いられました。教員組織について多くの疑問がでてきました。それと同時に、どうすれば効率的な仕事を進めることができるのかを考えました。

採用2年目。周りの方の協力もあり、かなり自由に働けるようになりました。

採用3年目。比較的忙しい学年の担任を持ち、長時間勤務が続きました。ここでも教員組織について考えさせられました。

実はこの三年間の間に、青年海外協力隊に行く準備をしていました。また、具体的にブログで書くと思います。主に

・英会話・TOEICの勉強・研究発表・教師海外研修

といったことを行っていました。

 

青年海外協力隊 ブータン

身分は自治体に籍を残したまま、つまり現職教諭での参加です。青年海外協力隊に応募する際には、第1希望から第3希望までブータンのブの字も書いていませんでした。しかし、結果的にブータンの大学教員をしました。また、応募のことについても詳しく書こうと思います。行っていた仕事は、ブータンの教育大学で小学校教員になる学生に体育の指導法を教えることです。

 

主な資格

・普通自動車免許・中型自動二輪免許・TOEIC790・幼稚園1種免許・小学校修士免許・中学校修士免許(保健体育)・高等学校修士免許(保健体育)

 

自己紹介終了です。読んでいただきありがとうございました。これから、どうぞよろしくお願いいたします。

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